医療情報技師の求人募集には、よく「コミュニケーション力があること」が条件として掲げられています。技術職であるSEに対してコミュニケーション力が求められることに、疑問を感じる方もいるのではないでしょうか。
私は仕事柄 医師や事務長など偉い方々と接する機会が多く、そうした方々との仕事をこなすうち、病院が求めるコミュニケーション力とはつまりこういうことではないか、ということが肌感覚として分かるようになってきました。
今回は、医療情報技師に求められるコミュニケーション力の正体について、私なりの答えを示したいと思います。
コミュニケーション力=相手の真意を汲み取れる力
結論から言いますと、コミュニケーション力=相手の真意を汲み取れる力、だと考えています。
なぜなら、コミュニケーションとはつまり意思疎通です。意思疎通が円滑にできることは、相手の言いたいことを汲み取れることと等しい、と考えるからです。
大事なのは「汲み取れる」こと。つまり、言葉や態度に表れないところを察することができる、という意味になります。
そもそも、会話や読み書きが不自由なくできる大人なら意思疎通は出来て当然なのに、なぜこうも「コミュニケーション力」が必要とされるのでしょうか。
社会人なら誰でも実感しているでしょうが、それは仕事に必要な対話を直球で投げ交わすだけでは円滑な意思疎通が難しい、ということを意味しています。
難しいというのは、意図せず相手を怒らせてしまったり、誤解を招いたりするということです。
院内SEの仕事は、電子カルテシステムを安定稼働させること。逆に言えば、電子カルテは安定して稼働しているのが当たり前です。このため、システムがうまく動かなかったり、使い方が分かりにくかったりすると職員からクレームが来ます。
特に医療の現場は日々忙しいので、院内SEに問い合わせが来るときは最初から「怒りモード」であることがよくあります。
我々は淡々と問い合わせに回答するわけですが、相手の真意に気付かず、表面的な対応をしてしまうと相手の逆鱗に触れることがあります。
例えば、医師からシステムの苦情を受けた場合。
「これが仕様ですので、これ以上はできません。」
といった直球を返したなら、
「何を言っている。それを改善するのが君の仕事だろう!」
となります。
医療情報技師の立場は「縁の下の力持ち」ですから、ほかの医療従事者からは下位の存在に見られがち。だからこそ余計に、怒りスイッチが入りやすくなります。
しかし相手の真意を汲み取った対応ができると、こうした無用な衝突を避けることができるようになります。
なぜなら心情的に、自分に理解を示してくれる人に対して攻撃的な態度はできないからです。
真意を汲み取るのが大事な理由は、感情論を避けるため
自分の意見に耳を傾け、話を聴いてくれる人にきつく当たる人はあまりいません。仮に意見が通らなかったとしても、理解を示してくれるだけでも人は嬉しくなるもの。
最初は激怒していても、理解してくれていると感じれば「分かってくれればそれでいい」とか「つい言い過ぎた、ごめん」などと折れてくれることが多いものです。
真意を汲み取ることが大事な理由は、対話が感情論に発展するのを避けるためです。
上の例のように反抗するかのような態度は相手の感情を刺激してしまい、理性的な対話ができなくなります。感情論に発展してしまうと相手も意地になりますので、問題が大きくなったり、ややこしくなったりしがち。
要らぬトラブルは避けたいですから、いかに感情論に持ち込まないよう、理性的な対話で終始させられるかが大事になります。
そこで求められるのが、相手を理解する力=真意を汲み取れる力、というわけです。
真意を汲み取るにはまず「話を聞く」
真意を汲み取るには、何と言っても相手の話を聞くことに尽きます。
というよりも、言い方は悪いですが「言いたいことを吐き出させる」という表現が正しいでしょう。相手の話を聞きつつ、「本心では何を言いたいのか」を探っていきます。
システムの不備についてどんな不満があるのか? 本当に困っていて、改善してほしいことなのか? それとも、たまたま虫の居所が悪かっただけなのか?
人間ですから、誰しも機嫌の悪いときがあります。小さな火種をその場で消火できるか、うっかり油を注いで火事にしてしまうのか・・・。それは、苦情を受けたときの初動対応によって分かれてきます。
さっさと問題を片付けたいがために、話を遮って自分から質問したり、文句を言う相手が悪いかのような受け答えをしたりするのは御法度。システムのどこに、どんな文句があるのか。どうなれば、その人にとって最良の結果なのか。それらを、話を聞きながら考えていきます。
「傾聴」という言葉をご存知かと思います。「聴く」という漢字は、意識を向けるとか、注意深く聞くという意味があります。このように、まずは相手の話に耳を傾けて、注意深く聞くことが大切。
不思議なもので、人は自分の言いたいことをひと通り言い終えると、それで気が済んだりするもの。傾聴していれば、話を聞き終えた頃には「次のシステムではそこも考えてくれよ」で終わることが多々あります。
また、話を聴きながら「相槌を打つ」ことも大切。ウンウンと頷いたり、「はい」「ええ」といったリアクションを返したりすることで、話し手はきちんと意見を聞いてもらえていると感じます。
話を流すかのように、仏頂面で聞いていると「ちゃんと話を聞いているのか?」などと、相手を刺激することになりかねません。
相手の真意が「言いたいことを吐き出したかっただけ」の場合は、その場の会話だけで解決してしまい、問題が消失します。
(院内SEとしては仕事が減りますから、大きなメリットだと思いませんか?笑)
もし相手が本当に改善を望んでいる場合は、仮に無茶な要望だとしても即答せず、「可能かどうかベンダーと調整してみます」と返しておきます。自分の意見がきちんと聞いてもらえた相手は、「じゃあよろしく」と言ってその場は引き下がるでしょう。
真意は感情の裏に隠れている
「ひとこと言ってやりたい」「文句の一つでも言わないと気が済まない」といった感情に人は突き動かされるもの。真意は、その感情の裏に隠れています。
そこを察して、まずは込み上げた感情を冷ましてもらいます。そうすることによって、裏に潜んでいる真意が姿を現します。
初めは怒り心頭だったのが、話しているうちに徐々に落ち着いていきますので、その先にどういった行動が表れてくるかを観察すると、見えてくるものがあります。
「今のシステムで実現出来ないなら、次期システムでは必ず検討してほしい」
となれば、その場で終わる公算大。次期システムを検討する頃には、きっとその人も忘れています(笑)。
「これが出来ないのは納得できない。ベンダーに確認してほしい」
と言われたら、本気で改善を要望しているでしょうから早急に対処します。
クッション言葉が感情を和らげてくれる
「クッション言葉」は「枕詞」とも言われ、本文の手前に置くフレーズのこと。
システムの改善要望を受けても解決できなければ、再び怒りを買う可能性はあるわけですが、言い方次第で相手の反応も変わりますので意識しておいて損はありません。
例えば、先にお詫びの言葉を入れてみます。
「申し訳ありません。先日の件、ベンダーと調整したのですがどうしても難しいようです。次回のシステム更新のときには必ず要件に入れます。」
こうした表現を使うと、意見を丁重に扱っていることが伝わるはず。「すぐには無理でも次はなんとかする」という前向きな姿勢が見えますから、理解を示してもらえた相手は悪い気がしないでしょう。
または、
「現段階では実現が難しいようです。○○(代替案)という方法があるのですが、いかがでしょうか。」
というように、「やっぱり無理でした」で終わらせない答え方が用意できると、なおベターです。
真意を汲み取ることで仕事が円滑に進む
引くに引けない状況のことを「振り上げた拳の行き場に困る」と言いますが、苦情対応とはまさに、この拳の行き場をどうするかに尽きます。自分は間違っていないと分かっていても、それを直球で返しては相手を刺激するだけ。
「振り上げた拳の行き場を用意してやる」という感覚で応じることができれば、相手は納得して矛を収め、こちらも無駄な時間を消費せずに済む、という点は覚えておきたいところです。
仮に怒りの火に油を注いでしまった場合は、火消しどころか炎上してしまい、ベンダーを巻き込んだ問題に発展しかねません。もちろん、それが本来果たされるべき改善であれば良いのですが、振り上げた拳が行き場を失った結果だとすれば、対応の仕方には気を付けるべきだった、と言えるでしょう。
本当に改善が必要な要望と、代替案でなんとかなる要望、あるいは何とか我慢してもらえる要望・・・それらを適切に振り分け、相手に納得してもらえる対話ができれば、院内SEの仕事は円滑に進むに違いありません。
真意を汲み取ろうと意識するだけでも、ずいぶん相手の反応が変わるはずです。
最後に、私が今でも読み返す、おすすめの本を挙げておきます。
▼コミュニケーション力のバイブルとなった本。顧客、上司、部下、あらゆる人間関係を効果的に操る珠玉のテクニックが満載。
▼「世渡り力」とは何かを教えてくれる本。真面目に頑張るだけでは報われるものも報われない、と厳しさと優しさを教えてくれます。